8月27日、吉田の火祭りの翌日に「すすき祭り」が行われます。
会場となる北口本宮冨士浅間神社の境内には、浅間神社と諏訪神社の二つの社が鎮座しています。特に江戸時代以降、富士山信仰の拠点として栄えた浅間神社は、「おせんげんさん」として多くの参拝者を集めています。その華やかさの陰で、諏訪神社は傍らにひっそりと佇む摂社という印象を受けるかもしれません。
しかし、このお祭りのクライマックスに立ち会うと、その印象は鮮やかに覆されることになります。



すすきの玉串を受け取り、参道を進むと、突然の雷雨に見舞われました。みんな随神門の下へと一斉に身を寄せ、雨宿りです。雨が境内を濡らしていきます。



そのころ街中では、「御旅所(おたびしょ)」で一夜を明かした二基の神輿が、雨を押し返すように練り歩いていました。
やがて神輿が最後の休憩に入り、神社へと戻る準備を整えるころ、境内の舞殿では御神楽が奉納されていました。

小雨になった境内に太鼓と笛の音が響きます。翁が鈴と稲穂を持って舞い、五穀豊穣を祈ります。そのあと弓の舞が始まり、四隅と地面に矢を放ち、邪気を払います。神楽が終わるころにはすっかり陽が落ち、深い森の闇がゆっくりと神社を包み込みます。夜が時間と空間を曖昧にしていきます。




そして闇に包まれた森の中を神輿が進んでいきます。先頭を行くのは「明神神輿(諏訪神社)」、そしてその後に「御山神輿(浅間神社)」が続きます。
向かうのは、諏訪神社の神域である「御鞍石(おみくらいし)」です。古代から続く磐座でしょう。


暗闇のなかで厳かな神事が執り行われます。
石の上に座すことを許されるのは、明神神輿のみです。そして、富士山を模した重厚な御山神輿が「ドスン!」と地面に三回叩き落とされます。これは鎮火の儀式といわれていますが、他にもいろんな推測ができそうです。
神々に捧げられるお供え物も、常に明神神輿が優先です。








この場所での神事が終わり、世話人の一人が静かに暗闇に向かって提灯を振りました。
漆黒の森の向こうは、諏訪神社の「高天原(たかまがはら)」があります。
暗闇を割って駆け寄ってきた高天原の一団のあかりに導かれ、神輿は光の差す方へと動き出します。




視界が一気に開ける高天原に到達した瞬間、大歓声が巻き起こります。
「ワッショイ!」「ヨイヨイ!」の掛け声が響き渡り、神輿は熱気の真ん中を猛然と駆け出します。

エネルギーを生むといわれる、時計回りに、ぐるぐると回り続ける神輿。
遅れて到着した御山神輿も合流し、すすきの玉串を手にした参拝者も巻き込んで、高天原は熱狂の渦へと包まれます。祭りは最高潮を迎えていました。





熱狂ののち、静かに祝詞が唱えられ、二基の神輿は諏訪神社の中へと収まっていきます。
白い幕が静かに下ろされ、夜と熱気が曖昧にしたものが少しずつ元の輪郭を取り戻していきます。
二日間にわたる大祭は幕を閉じました。








最後に神輿が還っていく場所が、浅間神社ではなく諏訪神社であること。
明神神輿が常に先頭を進み、最も重要な神事がその旧社地(御鞍石)と諏訪神社の前で執り行われること。
普段は浅間神社の影に隠れているように見える諏訪神社こそが、この土地の古くからの「産土神」であり、太古の昔から富士北麓の人々の信仰の中心にあったのです。
明日からは再び、富士山を背負う浅間神社へと主役の座を渡し、諏訪明神はまた脇でひっそりと、しかし厳かに、この街を見守り続けていきます。


