流氷が運ぶ恵

旅の中で

先日、羅臼と野付半島を旅しました。
約5年前に冬の知床を訪れたときは、ただただ流氷で埋め尽くされるオホーツク海の景色に圧倒され、流氷の役割やそこに生きる生物のことはあまり考えませんでした。
今回はなぜ知床周辺がこんなに豊かなのかを見てみたいと思い、出かけてきました。

夜に女満別空港に到着し、羅臼へと向かいます。北海道らしい道を走っていると闇の中に斜里岳が浮かび上がります。

翌朝、9時発のクルーズを予約していましたが、6時過ぎに目が覚め、居ても立ってもいられず港へ向かいます。朝焼けの港の向こうに国後島が見えます。振り返ると羅臼岳がピンクに染まっていました。

9時前には出航、数分もするとすぐに流氷に到着です。船に乗る前には気づきませんでしたが、流氷は港から見えるところまで迫ってきていたようです。そして流氷の上にはすでにオオワシとオジロワシの群れがいます。

圧巻です。命が溢れています。言葉で説明するよりも写真をご覧いただいたほうが伝わると思います。

船が移動するとオオセグロカモメが追いかけてきます。ちなみにカラスも来ていました。もしかするとワタリガラスでしょうか。

流氷がどんどん羅臼側へ流され港の方に迫ってきているらしく、氷で埋め尽くされる前に帰路につきます。氷はすでに港の中まで入ってきていました。2時間弱の間にこんな量が流されてきていたようです。

陸に戻る頃には海岸は流氷で埋め尽くされていました。
この圧倒的な豊かさと流氷の関係を知りたいと思いビジターセンターを訪れました。流氷や海のことだけでなく山や森、地形、生き物、そこで生きてきた人たちの文化など、とても分かりやすく展示されています。
以下はセンターの展示から流氷についての抜粋です。

流氷が運ぶ恵み (The Blessings of Ice Floes)
知床は、北半球における季節海氷の南限です。オホーツク海の北西部で形成された流氷は、大きくなりながら知床の海へ押し寄せます。流氷は大陸に冷やされて大きくなるときに、塩分の濃い海水(ブライン)を排出します。ブラインは周囲の海水よりも密度が高く重いため、海中へと沈んでいきます。するとその代わりに深階の海水が湧き上がってきます。深階の海水は太陽の光が届かず、植物プランクトンによる光合成がほとんど行われていないため、栄養分が使われていません。一方、流氷の底面には、植物プランクトン(アイス・アルジー)が付着します。春になって流氷が溶けると、海の表面に塩分の薄い層ができます。アイス・アルジーは、この薄い層にとどまることができ、太陽の光を浴びて大増殖します。また、太陽の光によってより深いところまで海水が暖められると、豊かな栄養分をもとに植物プランクトンはさらに増殖します。さらにこの豊かな栄養分は、コンブをはじめとする海藻類の豊かな森を育みます。このように流氷は、知床の地球の生態系を大きく支えているのです。

海の生命活動 (Marine Life)
春になり、植物プランクトンが大増殖すると、これを餌とするオキアミ類をはじめとする動物プランクトンを急激に増やします。するとホッケやハッカク、ミズダコ、ミズダコなどの多くの生物が、この動物プランクトンを求めて知床へ集まってきます。ハシボソミズナギドリは遠くオーストラリアなどから数万キロという旅がやってくるのです。春から夏には、この豊かな餌を支えとして、トドやゴマフアザラシなどの海生哺乳類が知床の海岸で子育てをします。また、回遊魚も知床の海で冬を越します。シロザケやカラフトマスなどが産卵のため知床の川へと遡上してきます。

ビジターセンターの展示と帰ってきてから調べたことをわたしなりにまとめてみました。

STEP 1:アムール川からのギフト

アムール川の湿地帯から「鉄分」を含んだ真水が流入。
鉄分を閉じ込めたまま凍り、風に乗って南下(オホーツク海へ)。

STEP 2:海水の攪拌 ※流氷の大きな役割

南下する氷が成長する際、塩分は凍らずに排出される。
周囲の海水が「高塩分・低温」になり、重くなって海底へ沈む。
沈んだ水の代わりに、海底に蓄積していたミネラル(窒素・リン等)を多く含む海水が海面へ押し上げられる。

STEP 3:二段構えの「食糧供給」

先行ブースター(2〜3月):アイスアルジー
流氷の底に付着した藻類がいち早く増殖。冬越しの動物プランクトンの命を繋ぐ。
「天使」や「妖精」と呼ばれるクリオネもこの循環の中にいます。
メインブースター(4月):スプリング・ブルーム
氷が解け、陽が当たり始めると、運ばれてきた鉄や攪拌されて海面に上がってきたミネラルを利用して、植物プランクトンが爆発的に増殖。
おそらく羅臼が昆布で有名なのもこれが理由ですね。

STEP 4:食物連鎖と栄養の循環

食物連鎖:植物プランクトン → 動物プランクトン(オキアミ等) → 魚(ニシン、サケ等) → 海獣(アザラシ、トド等)、海鳥 → 頂点捕食者(シャチ)。
海から森へ: 春の流氷が作り出した海の恵みで育ったサケが川を遡上。クマなどの餌となり、最終的に「山の肥料」として森を育てる。


もちろん地形や海流の影響もとても大きいのですが、流氷に焦点を絞るとこんな感じでしょうか。

目に見えない小さなプランクトンから始まり、それがクジラやシャチ、さらには森を育てるサケへと繋がっていきます。
冬の流氷が海をかき混ぜることで生まれたエネルギーは、季節を超え、数年という時間をかけて、知床の山々を青々と繁らせる栄養へと姿を変えていきます。そしてその栄養はまた川をつたって海へと流れ込みます。

数千キロ先のアムール川から届く氷が知床の海と森を育てるように、私たちの何気ない行動のひとつが、間接的に地球の裏側へも影響を与えているのかもしれません。
生き物たちは強かで逞しく、ゆっくりした変化であれば適応していくのでしょう。しかし私たち人間は膨大な数になり、引き起こす変化がその適応のスピードを追い越してしまった今、この美しい循環は途切れていくのかもしれません。

わたしは流氷から始まるこの美しい循環をずっと感じていたいと思いました。

流氷は翌朝にはすっかり岸から姿を消し、かわりにトドの群れが泳いでいました。
オオワシは陸のほうへ来ていました。このあとは野付半島へと向かいます。

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