原っぱでは草が競って種をつけています。
ネコジャラシなどの一年草にとっては、形を変え種になって冬を越すことが、唯一の生き残る手段です。次の年というチャンスはありません。
多年草も勢力を広げようと種を飛ばします。
種の移動手段は風に吹かれる、誰かにくっつく、弾け飛ぶ、食べられる、水に流される。
言葉だけ聞くともはや博打のようです。
もし人間界で誰かが新しいビジネスにチャレンジし、「自分の戦略は水に流されることです」なんて言っていたら、とても信用できそうにありません。
けれど、どこに着地するかも分からない、自然界の中で生きるということは本来とても博打的なのかもしれません。草たちは数打つことで、生き残ってきました。






足元では菌類もキノコをだし、胞子を飛ばしています。家の周りではヒメツチグリがでていました。
雨粒が当たった衝撃で、ポンと煙のように胞子を飛ばす仕組みです。彼らにも「雨を待つ」という一番良いタイミングがあるのだろうなと思いながらも、見つけると、どうしても少し指で押して胞子を飛ばしたくなってしまいます。
樹海ではタマゴタケをはじめ、沢山のキノコが顔をだしています。







あちこちでツユクサやトウバナといった小さな花もたくさん咲いています。
冬を前にした虫たちにとっても、蜜や花粉を得る最後のチャンスです。
そんな中、カメムシは花だけでなく、香りの強い山椒や、猛毒を持つマムシグサの実にまで口針を刺して汁を吸っています。まさに無敵です。





草花の種のあとは、木々の実の季節がやってきますが、それはもう少し先のようです。
見上げると、ドングリも栗も柿もまだ青々としていています。





職場の前の紅葉は少し色づき、空にはひつじ雲が浮かんでいます。
秋です。

