森の中でカモシカの親子に出会いました。
相変わらず急斜面の崖のようなところにいます。
鹿たちと違い、ある程度の近距離でも逃げずにこちらをじっと見ています。そのうち草を食べたり、角を研いだりし始めます。
カモシカは単独または親子で行動していることがほとんどです。
反対にシカは基本的には群れで行動します。
どちらもシカとつきますが、カモシカのほうはウシやヤギの仲間です。メスも角が生えるし、生え替わりなしの一生ものです。


では何故シカは集団、カモシカは単独で生きるのでしょうか。これは、それぞれの祖先がどこを棲家として選んだかによって変わってきました。
シカの祖先は、食べ物が豊富な開けた草地や森林を生活の場に選びました。そのかわり天敵にも見つかりやすくなります。そのため「群れを作ることで警戒の目を増やし、身を守る」という集団の生き方が定着していきます。もちろん食べ物が豊富だからできる方法です。


この幼い雄鹿はまだ雌の群れの中にいます。
カモシカは岩場や急な斜面を選びました。
もちろん選んだというよりも追いやられた可能性もあります。天敵はなかなかやって来ませんが、その分食べ物も少なく、たくさんの個体を養うことができません。そのためカモシカは単独、もしくは親子単位で広い縄張りを持つ必要があります。
彼らは何万年もの時間をかけ、身体の構造そのものを環境に合わせて書き換えながらそれぞれの居場所をつくりあげてきました。
おもしろいのは「元々の性格や性質によって生き方が決まった」のではなく、「置かれた環境によって後から性格や生き方が決まっていった」ということです。


では人間はどうでしょう。
人間もまた、集団で暮らす道を選んだ生き物です。
本来、土地が養える生命の数には限界があるはずですが、都市では「人が増えるほど、さらに多くを養えるようになる」という現象が起きます。
これは「養える」の基準が「食糧」から「経済(貨幣)」へと移ったからですね。実際には食糧は物流システムにより遠くから運ばれてきます。決してその土地が本当に養えているわけではありません。
その場所に適応し、増えたわけではなく、環境や仕組みを変えることにより、養える数を増やしたといえます。ここに他の生き物たちとの大きな違いがあります。
長い時間をかけて身体そのものを環境になじませて、遺伝子の変化をしてきたシカやカモシカに対して、人間は道具や物流、経済システムという「外側の仕組み」を恐ろしいスピードで変化させてきました。身体の変化は追いつきません。
その結果、私たちの身体は、いまだに大昔の「自然の中で暮らしていた頃」の形が残っています。
現代社会での理由のない不安や不満、自然の中へ行きたいという欲求は、追いついていない身体からの訴えなのかもしれませんね。
大勢で支え合いながら生きるシカ。険しい岩場で静かに自分の縄張りを守るカモシカ。
大変な一生なのでしょうが、それでもとても満たされた時間なのかもしれません。
彼らにとって何かを成し遂げることとは、生き抜き、次の世代に生命を繋ぐことなのです。


